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【アニメ】「無限のリヴァイアス」 社会もヒトもこんなにも脆い。

※当然のことながらネタバレを含むので、未視聴の場合には閲覧に注意されたい。
個人的に、「何回観ても満足度の高いアニメ」のひとつ。
舞台は近未来。
 
 
超高レベルの太陽フレア「ゲドゥルト・フェノメーン」によって、地球の南半分が焼かれ、またそれによって人類の宇宙進出が加速した時代。
 
10代の少年少女も、宇宙空間にある「航宙士養成所 リーベ・デルタ」に集まり、航宙士の免許取得のための実技訓練に勤しんでいた。まぁ現代で言うところの運転免許合宿みたいなものか。
 
この訓練自体は彼らの社会にとって普遍的なものだったが、リーベ・デルタがエネルギー補給のためにゲドゥルト(プラズマ)の海へ沈んでいる際に、侵入したテロリストによって大人たちはまとめて殺害され、さらにリーベ・デルタもプラズマの海へ沈ませられかけてしまう。
 
生き残った教官たちの、命と引換えの作業によって、少年少女487名は、リーベ・デルタから、その内部に秘匿されていた外洋型航宙可潜艦「リヴァイアス」に避難することができた。
 
救助を待つつもりだった487名の少年少女たちだったが、自分たちを救助してくれるはずの「軌道保安庁」の航宙艦から攻撃を受けたため、艦内には戸惑いや不安、混乱が生じつつも離脱。
 
少年少女たちの当てのない逃避行が始まる…というストーリー。
 

 

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「宇宙」は本質ではないが、象徴的な意味を持つ

 
このアニメには、ロボットによる戦闘シーンもある。それはそれで緊迫感があって良いのだが、宇宙空間による戦闘というのは、このアニメでの主題ではない。なぜなら彼らは戦士ではなく、救助を求める”難民”だから。
 
しかし、この「宇宙」というのは、広大でどこにでも行けるのに、「目的地がなければどこにも行けない」ということを象徴的に示している。
 
10代の少年少女というのは、まさにそうかもしれない。どこに行ってもいいよと言われても、目的地がなければどこにもいけない。道標がなければ何もできない。だって、どれだけ大人びていたって、彼らはまだ10代なのだから。いや、今の時代、どこへもいけない大人もいるが。
 
基本的には、物語は「艦内」の様子と人間関係、そして心理描写で占められる。小説版はより群像劇っぽさが引き立たせてあって、視点が頻繁に移動する。アニメでは基本的に主人公・相葉昴治とその弟・相葉祐希の視点で物語が進行する。
 
宇宙という広々とした空間にいながら、彼らにとっての「世界」とは、リヴァイアスの艦内であり、ニンゲンというのは艦内にいるニンゲンと、外から攻撃してくる「外敵」のみであるという、擬似的な「隔離」が成立する。そういう隔離世界の中で、彼らの心情や行動がどのように変化していくのかというところが見どころ。
 

目まぐるしく変わっていく「社会」

 
当てもなく逃避行を続けるリヴァイアス艦内では、大勢の学生を導くために、社会の構築をしていくことになる。つまり、「政権」が構築されることになるわけだ。
 
大まかには、
 
・ツヴァイ政権(ルクスン・北条政権)
→教官がいなくなった当初の政権。操船技術の高い、操船科第二期生”ツヴァイ”によって船の航行が行われている。突如大人がいなくなってしまったという混乱があり、恐慌状態に陥った艦内に対応するには、あまりにも官僚的過ぎており、隠蔽体質が艦内の反感を招いたうえに、チーム・ブルーが介入する隙を生んだ。
 
・”監視役”政権(エアーズ・ブルー政権)
→ブルーの絶対的なカリスマと、武力・暴力を背景とした政権。あくまで自分たちは、「ツヴァイの監視役」という立場をうまく構築し、「生徒たちの代表」という立場をも同時に得つつ、批判はツヴァイにそらした。現実でいえばマフィアに近いのだろうけど、現実と同様腐敗した政権だったほか、一般生徒に対しては抑圧型で、ハイペリオンの戦闘で「青のインプルス」の脅威にさらされた際に、一般生徒を見捨てて自分たちだけが土星の衛星「ハイペリオン」に逃れようとする行為がリークされ、「革命」が発生し政権の座を追われる。
 
・ツヴァイ政権(ユイリィ・バハナ政権)
→ブルーによる抑圧型の政権に対する反感から、もっとも優等生であり、人格的にも柔和で調和型なユイリィ・バハナが生徒たちによって選ばれた政権。しかし、実際に政権の座につくと、周囲との調和を重んじるユイリィの長所が裏目に出て決定力・決断力に欠けたうえ、不慣れな戦闘指揮で艦内の死亡者を出したことから、自ら艦長職を辞職。
 
・独裁政権(尾瀬イクミ政権)
→度重なる戦闘と政権による抑圧で生徒たちのストレスが高まる中、尾瀬イクミの彼女である和泉こずえへの男子生徒による「集団暴行(アニメ版では「その傷」と言われたが…?)」が発生。艦内の治安維持を要求したイクミが、艦内の管理や社会構築も行うようになり、シュタイン・ヘイガーや元チーム・ブルーの面々を加え政権が確立。事件発生率は激減し、敵への対処能力は高まったものの、ブルー政権を超える管理体質・抑圧体質であり、艦内はディストピアと化す。反発する者を排除しようとした結果、親友である昴治をも銃撃してしまうという矛盾を体現してしまう。
 
というのが、劇中で描かれた少年少女たちの「社会」。
 
こういうものを描く作品はあるのだけど、ここまで克明に、かつエグみを残して描ききった作品はアニメではほとんどないと思う。
 
誰もがこのままじゃいけないと思いながら、どうしたらいいかわからない、どうするべきかわからないから、声の大きい人や「みんなが支持する人」についていく。ついていきながらも文句ばかり言う。そして裏切る。現実の社会もそうだよね。
 
「自分の愛する人たちを守る」「艦内の人たちを誰も死なせない」という強い思いを持ちながら、自らニードルガンでブライアンの左足を撃ち抜いたり、親友であった昴治の肩を撃ち抜いて瀕死の重症を与えたほか、再度現れた昴治にとどめを刺そうとするシーンは象徴的な「矛盾」の現れだったと思う。
 

主人公の圧倒的な「魅力」と「魅力の無さ」

 
平凡な主人公、とか、人並み以下の主人公と銘打っていても、「実は○○の才能があって…」とか「実は○○の血筋で…」みたいな展開が多い昨今のライトノベル界だが、この「無限のリヴァイアス」の主人公、相葉昴治は、それらとは真逆だ。
 
艦内の操船技術のランキングでも下から数えたほうが早いレベル、学科はできるけど実技は苦手な、典型的な「普通の生徒」というタイプ。決断力が弱く、人と対立や意見を戦わせる議論は苦手で、強い目的意識や信条みたいなものもない。圧倒的な魅力のなさ。しかし、これこそが彼の強さの秘訣になる。
 
後半になるにつれて、艦内は殺伐とした空気に包まれていく。誰もが誰も信じられなくなっていき、困っている人や弱者を見捨てる。隠れて犯罪をする者が増え、表向きは平穏になったけど、実は悪意やその温床となるものを一箇所に集めて隔離し、蓋をしただけという、いわゆる「ディストピア」型の社会になっていく。
 
「上っ面だけの偽善主義者」として、弟の祐希や、後半には親友のイクミ、いっときは彼女にすらなりかけたファイナ・S・篠崎にもその決断力のなさを責められる。
 
そんな社会の中で、昴治は何度も痛い目に合う。弟や艦内の暴徒からは暴行され、ブリッジクルーからの信頼を失い、友達を失い、居場所も失う。普通なら嫌になって、何もしない人間になるか、指示されたことだけを唯々諾々とこなすだけのサラリーマンになりそうなものだけれど、決してそうはならずに、自分自身にできることを探し続ける。
 
いい意味でも悪い意味でも愚直で自分を殺し、周りを活かそう、調和を重んじようとする性格が、最期の最期まで残された。ここまで一本筋が通っていれば、「偽善者」ではない。
 
「打たれ強さ」というよりも、「立ち直りのしぶとさ」が昴治最大の魅力だ。
 

世界は広くても、行き場所も居場所も自分で作るしかない

 
現実の社会は広い。宇宙レベルではないけど、国内レベルだって十分に広い。現代では飛行機一本で海外にも行ける。行くこと自体はできるという意味で。
 
だけど、誰もがそうしないのは何故か?ということを考えると、それは目的がないから。目的がなければ行く場所は決まらない。目的がなければ居場所もない。人と人とが一緒に暮らす人間社会では、誰もがなにかの役割を担っていて、それがない人はその場に居続けることすらできない。
 
宇宙が舞台となっているのは、「艦の外に逃げ出すことができない」という閉鎖状況と、「嫌でも他人と関わって生きていかなければならない」という、現実の社会とよくリンクする。
 
世界がどれだけ広くても、どれだけ場所があるように見えても、どれだけ人がいるように見えても、行き場所も、居場所も、大切な人も、自分で見つけるしかないんだ。