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【漫画】「アイアムアヒーロー(1)」クセ強メンバーで生き延びるゾンビサバイバル?

 

※当然のことながらネタバレを含むので、未読の場合には閲覧に注意されたい

 

初見はかなり前で、確か今はもう足を運ぶこともなくなった「ヴィレッジヴァンガード」に平積みされていたのを立ち読みしたのが最初だった気がする。

 

まぁなんというか、ぱっとしない見た目の(失礼)人が散弾銃を構えてる表紙ってインパクトがあるよねっていうので読み始めた気がする。

 

ざっくりとしたあらすじとしては…

 

この表紙の人物「鈴木英雄(すずきひでお)」が主人公。やや狭めの部屋にやたら厳重な鍵をかけていたり、帰宅直後に玄関で謎のダンスを踊るなど、そこそこ変な人

 

一人暮らしなので語る相手もいないはずだが、(おそらく妄想上の人物である)「矢島」に自分の考えを延々と語るなど「人に直接は伝えられない内心」が相当滾っている人物のようだ。

 

幻覚と妄想、うまくいかない人間関係や孤立気味の職場、叶わない夢など、それなりに苦労しながらも彼がなんとなくひとかどの生き方ができているのは、彼が保有する狩猟用の散弾銃にあった。これは彼の自信の源にもなっている。

 

そんな日常を過ごしていた英雄だったが、ある日仕事の帰り道でタクシーに轢かれた女性が、完全に首が折れた異様な状態で歩き去る姿を目撃する。

 

自らが目撃したことを彼女である「てっこ(黒川徹子)」に話し、その日は事なきを得た英雄だったが、それから数日後、てっこの家を訪れた英雄は、半裸で髪を振り乱し、ドア越しに襲いかかってくるてっこに遭遇する…といったところで1巻が終わる。

 

 

ゾンビものにしては人物描写がリアルだ

 

1巻の展開からして、この漫画はまず「ゾンビパニックもの」に近い空気感が感じられる。

 

タクシーに轢かれた女性やてっこがなぜあのような状態になったのかという説明はまだないが、おそらく彼女らはこの時点ですでに死亡しており、人間としてではなく「ゾンビ」もしくはそれに近い状態で生存しているということだろう。

 

ゾンビパニックものといえば、やはり名作「バイオハザード」シリーズや「ゾンビ(Dawn of the Dead)」などがある。やまねこはこのジャンルがけっこう好きだったりする。

 

バイオハザード

 

ゾンビ 米国劇場公開版

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  • デヴィッド・エムゲ
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あとは、ゾンビではないんだけどゾンビっぽいモノになる、という展開の映画として「哭悲 The Sadness」は過去にこのブログでも採り上げたことがある。

 

yamanekolynx-box.hatenablog.com

哭悲/THE SADNESS

哭悲/THE SADNESS

  • レジーナ・レイ
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それから、これはやまねこが最近触れた映画なのだが、ダニー・ボイル監督の「28日後…」や、そのシリーズ最新作「28年後…」も、「ゾンビではないがそれに近しいパニック・終末系映画」といえる。

 

28日後...

28日後...

  • キリアン・マーフィ
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こういう作品に共通しているのは、やっぱり「世界の情勢」「ゾンビの出現と、それに対抗する人々」という構図で描かれることが多いので、あまり日常シーンが描かれないし、個々の登場人物の過去や内心みたいなものは軽視されがち。

 

なのだけど、この「アイアムアヒーロー」は、かなりねちっこく登場人物の「人となり」を見せてくるなぁ、という印象だった。

 

主人公はクセ強め。ゾンビが霞むほどか?

 

 

まぁまずは主人公の鈴木英雄。「英雄」だから「ヒーロー」なのかなと思うんだけど、ヒーローというにはかなりクセ強めな性格をしている。

 

英雄の妄想癖や、妄想と会話をしてしまうような態度は、何らかの疾患なのかといったん疑ったが、治療している様子はないのでそういう感じでもないのだろう。とすると、単に性質・性格的な問題ということになる。

 

夜中に見てしまった妄想が怖くて、教科書で魔法陣を築いた部屋の中で散弾銃を抱えて朝を待つという、なかなかに理解しがたい行動を取るかと思えば、テレビに映った女子アナに対して「プロ野球選手との不倫や自己保身しか考えていないような女子アナが、突然震災が起こったときに報道ができるのか?」という、よくわからない理由でディスってみたりする。

 

しかしその直後に「女子アナもキャビンアテンダントも全く興味ないが、抱いてほしいと言うならば抱いてやってもいい、そんなとこだ」と言っているから、まぁ興味はあるんだろう。

 

こういう思考って、まぁ単純に考えれば女性に対する認知の歪みであって、それって女性との関わりがうまくいかないタイプの男性が陥りがちなモノでもあるのだけど、英雄にはてっこという彼女がいる。そしててっこは(やまねこは一瞬疑ったのだけど)矢島のような「妄想の産物」ではない。

 

彼女がいてここまで女性に対する認知が歪みきっている英雄の人生には、これまでいったい何があったのだろうと考えさせられる。

 

とまぁ、こんな具合でかなりクセ強めな主人公であるので、肝心のゾンビが登場しても、他のゾンビ映画などで感じる「絶望感」があまりない。

 

むしろこの英雄が、ゾンビパニックをどのように乗り越えていくのか興味が湧いてくる。

 

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脇役たちへの触れ方も濃い

 

英雄に対してかなりねちっこく迫っている印象だけど、英雄を取り巻く脇役の人々への迫り方・触れ方もなかなかに濃い。

 

てっこに関してはもちろんなんだけど、てっこ1巻末でこれ死んじゃってね…?という疑問はさておき。

 

同じ漫画家のもとでアシスタントをしている「三谷」もまた、並々ならぬ「女性へのこだわり」を見せている。彼もかなりクセが強く、また英雄と三谷はお互い微妙に嫌い合っているようだけど、けっこう似たもの同士では…?と思ったりする。

 

とはいえ、三谷に対して英雄が本音っぽく「僕は応援してますよっ!」と激励するシーンは、なんというか複雑だなぁと。心の底から三谷を応援しているというよりは、「三谷が絶望して小さくまとまってしまうことが、自分自身のアイデンティティの崩壊にもつながる」というような危機感みたいな感じもする。この二人、やっぱりけっこう相性いいと思うんだよなぁ。

 

漫画家として成功しており、「てっこ」の元カレでもある「中田」に関しても、登場シーンは一瞬だけどかなり特徴的な人物のようだ。彼はなんというか、英雄とはまた別のベクトルの壊れ方をしているように見える。

 

英雄は一応、独言が多かったり妄想癖があったりとなかなか苦難が多いものの、一応「一般人」として社会の中で生きようともがいているように見える。一方、中田のほうはあまり一般社会の中での常識人として生きることに関心がないように見える。芸術家肌っぽいのかな?

 

このメンツでゾンビパニックやるって本気か?

 

このレビューにおいても、1巻時点ではほとんどゾンビについて言及しなかった。それぐらい、1巻の大半は登場人物の「日常」が丁寧に描写されている。

 

そのため、ゾンビうんぬんよりもむしろ英雄や他の登場人物がどう生きていくのかというほうに関心が移ってしまいそうなところだが、やはりこの漫画の主題はゾンビなのだろう。

 

2巻以降、クセ強めな英雄を筆頭としたクセ強登場人物たちが、どのようにゾンビ世界でサバイバルしていくのかが楽しみとなる1巻だった。