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【映画】「終りに見た街(2024)」 どんな戦争も「こんな戦争」でしかないのに。

※当然のことながらネタバレを含むので、未視聴の場合は閲覧に注意されたい。

 

 

Netflixで見た。

 

実は過去に地上波で見た映画の中でちょっとトラウマになった映画っていうのがいくつかあって、「マーズ・アタック」とか「ザ・グリード(DEEP RISING)」とかがグロ描写で見事トラウマを植え付けてくれたものだった。

 

 

マーズ・アタック! (字幕版)

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だけどそうではなくて、「描かれた内容が恐ろしすぎてトラウマになった」という作品がある。「終りに見た街」はその中のひとつだ。

 

「終りに見た街」は、山田太一氏の1981年の小説を原作として、これまで複数回映画化、ラジオドラマ化、舞台化されている。やまねこが過去に見たのは、たぶん中井貴一氏が主役を演じた2005年版だと思う。

 

今回見たのは、2024年に「テレビ朝日開局65周年記念」として制作された、大泉洋氏が主演のバージョン。そのため、当然に登場人物は「令和っ子」たちであり、スマートフォンもあればインターネットもSNSもある。

 

ざっくりとしたあらすじとしては…

 

2024年、売れない脚本家としてなんとなくパッとしない日々を過ごしていた「田宮太一(演:大泉洋)」が主人公。太一は妻・ひかり(演:吉田羊)、高校生の娘・信子(演:當真あみ)、小学生の息子・稔(演:今泉雄土哉)、認知症が進む母:清子(演:三田佳子)と、現代らしい暮らしをしつつも、マイホームのローン返済や子どもたちの進学費用を稼ぐため日々を忙しく過ごしている。

 

ある日、太一はテレビ局のプロデューサーである寺本(演:勝地涼)から、終戦80年記念スペシャルドラマの脚本製作を無茶振りされる。

 

文句をいいつつも自宅で膨大な資料に目を通しつつ寝落ちしてしまった太一だったが、轟音とともに目覚めた早朝、自宅の外は見慣れた住宅地ではなく、雑木林になっていた。人を探していると、付近の神社で子どもたちが軍人の監督のもと、歌唱をしている場面に出くわす。

 

混乱する太一だったが、ある仮説が浮かぶ。どうやら自分とその一家は、昭和19年6月にタイムスリップしてしまったようだ。

 

また、タイムスリップしたのは自分とその一家だけではなく、太一の父の戦友の甥、小島敏夫(演:堤真一)、その息子「新也(演:奥智哉)」も同時にタイムスリップしていることを知る。

 

田宮家・小島家の面々は、当時の日本の当局の目から逃れて家から脱出し、戦時中の記憶が蘇った母、清子の記憶を頼りに三鷹へ疎開し、終戦まで生き延びようとするが…?というもの。

 

 

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ドタバタタイムスリップ劇と思わせてからの急転直下という温度感が良い

 

主演が大泉洋ということもあって、序盤のコメディシーンはおもしろおかしく見られる。

 

なんとなくイマイチな日常、家族との「不仲」というほどではないが、強い絆や愛情を感じにくい現代っぽさ、夢のマイホームを得たのに、大切な家族がいるのに、それすら重荷と捉えてしまいがちな現代っぽさをよく表していると思う。

 

しかしこれが一転、タイムスリップを果たしてからまず家とペットの犬(レオ)を憲兵の銃撃と火災により失ってしまう。

 

ユーモラスなシーンから一転、本当に悲しい喪失や抑圧が待つ中盤から後半にかけての緊張感の演出がものすごく良い。

 

徐々に切り崩される”日常”、しかしそれは当時、多くの人が経験したことだ

 

令和を生きる我々が太一やその家族と同じ立場であることは言うまでもない。だから、太一と家族が突如として昭和19年にタイムスリップしたとき「信じられない」「夢物語のようなもの」と評しながら、現代とはまったく異なる常識に打ちのめされている様子はリアル。

 

この物語の最初の犠牲となった犬「レオ」と、太一の自宅は、象徴的な「日常の崩壊」だと思う。

 

家を同時にタイムスリップさせたのはなんでか?と考えると、家が「ある」状態でタイムスリップすれば、一応「帰る場所」「安全地帯」という役割があるだろう。

 

もし、家がなく人物だけがタイムスリップしたとしたら、意外と人は順応するのが早いと思う。だからこの物語が一度「家ごと」過去に送り、それをあえて過去の手によって「喪失させる」ことに意味があったのだろうと思う。

 

何の罪もない犬が憲兵(軍人かも)の手によって射殺されるシーン、妻のひかりをして「すべて」とまで言わしめた彼らの居場所である家が、赤々と燃えるシーンは、視聴者も胸が痛くなるだろう。

 

…なのだが。

 

実はこれは「現代っ子が過去に戻ったから失った」わけではない。

 

戦時中を生きた人々は、このような喪失をすでに一度経験している。家が焼き払われ、飼い犬が憲兵なのか、米軍の爆弾なのかを問わず殺され、場合によっては家族も失い、自分の手足や目を失った人もいる。

 

なお、夜間に犬が吠えることを理由として射殺される描写は、同じく太平洋戦争を描いた「硫黄島からの手紙」にも同様の描写がある。

 

yamanekolynx-box.hatenablog.com

 

太一が経験したことというのは、空襲という外敵による攻撃と、憲兵・特高警察という当時の内部的な抑圧によって失われた、「日本人が経験した多くの喪失」を追体験したわけだ。

 

太一が見た炎は、彼と彼の家族の過去の話ではなく、80年前、この国の多くの人々が同じ光景を目の当たりにし、そして多くの家と、人と、犬も猫も、山も大地も、同じように炎に包まれた。

 

現代だからこそ強い意味を持つ、強力に維持されるプロット「洗脳」

 

「洗脳」といってしまうと、多くの人が反発を覚えるだろう、この当時の日本を支配していた「自国礼賛」「国家主義」「全体主義」。

 

この描写は、2005年版の「終りに見た街」では、主人公「要治(演:中井貴一)」の旧友「宮島敏夫(演:柳沢慎吾)」の息子「宮島新也(演:窪塚俊介)」がこの役割を担う。

 

つまり、幾度とリメイクされても、この描写は「残す」判断がされたということだ。

 

ここに重要な意味があるのは明白だ。

 

新也(新旧で同じ名前が採用されている)は、もともとは軍国主義や国家主義には縁遠い存在として描かれていた。

 

今回の2024年版では、序盤から中盤にかけてはほとんど喋ることがなく、いわゆる「アイドルオタク」的な外見で、おとなしい青年というふうに描かれていた。

 

しかし後半になって再登場した彼は、頭を丸め、力も強く、ハキハキと主張し、そして何より戦争に協力しない自分の家族とその旧友を痛烈に罵倒する人物となった。

 

娘・信子もまた、「戦争の愚痴ばかり言ってないで、工場でお国のために働きなよ」「こんな戦争、こんな戦争って、その戦争で死んでいった人々は無駄死にだって思うの?」と詰め寄る。

 

…さて、現代はどうだろうか。

 

いつから、何が原因でとまでは言わないが、現代はきわめて「戦時中」や「戦前」に回帰しようとしているように見える。

 

SNSなどの言論空間では「自国礼賛」にあふれていて、外国人を排除する言動が罷り通り、弱者に厳しくあたり、個々の人権や幸福よりも国家全体を考えろという言説が増えてきた。

 

そうした人々の声を巧みに拾って、国政に食い込もうとする集団もいる。

 

ここからはやまねこの自戒となるが、実はやまねこも以前は、「働かざる者食うべからず」とか「自己責任」とか、「日本っていいよね、日本って素晴らしい国だよね」「外国人って危ないよね」という言説に心奪われた時期があった。

 

それは若い日の認識不足、知識不足、そして何より、言葉の裏を考える、真実を探求する忍耐力の不足にあったと猛省するばかりだ。

 

本来、社会は人の集合体だ。人のために社会があるのであって、社会のために人がいるのではない。


働く人が飯を食えるのではなく、働く人も、働けない人も少なくとも生存において差別されないために社会がある。


自己責任は自分が自分に向けて使う分には良いが、他者には絶対に向けてはいけない刃だ。

 

しかし、若くいまだ判断力が未熟で、「わかりやすい悪者」「わかりやすい問題点」「(偽の)外科的問題解決」が気持ち良いと感じる年頃には、信子や新也が陥った短絡的な言説が受け入れられやすい。自分が他人を簡単にジャッジできるからだ。より過激になれば「お前は生きる資格がない」というところまで。

 

信子や新也が時代の空気に飲み込まれていくさまは、なにより恐ろしい描写だ。空襲のシーンよりも、ラストシーンの核攻撃よりも、本当に何よりも、「自分の家族が、自らの家族よりも国家の論理を採用することになる」という点が、この映画の恐れるべきポイントだ。

 

もしも、先に書いた信子の言葉に、今のやまねこが答えるとするならば。

 

「戦争で死んでいった人々は無駄死にじゃない、だけど、死ななくてもよかった命だ。それを死なせたのは国家で、軍で、戦争なんだ。だから戦争には反対しなきゃいけないんだ。」

 

ラストシーンの「核攻撃」の意味

 

もう一つ、リメイクを重ねても維持された展開がラストシーンの「核攻撃」だ。

 

太一も要治(2005年版)も、劇中では「これはあくまで過去の話だ」「自分たちは歴史を知っている、終戦の日を迎えれば、攻撃は終わる」と思っていた。だから、終戦まで生き延びることを目指して凌いでいた。

 

しかし、核攻撃を受けたのは20XX年、つまり、作られた制作年によるが「現代」に核攻撃が行われたというラストに帰結する。

 

このシーンは「過去だと思っていた出来事が現代に接続されてしまった」という恐怖ポイントとして見ることもできるが、実は原作の意図はそうじゃないとやまねこは思っている。

 

ではどう解釈しているかというと、「このまま行けば、現代(未来)はこうなる」という警告だと思っている。

 

東京大空襲は過去のものだ。広島・長崎への原爆投下もそうだ。では、東京への核攻撃はというと、それは未だ現実のものとはなっていない。

 

しかし、戦時中にタイムスリップした新也や信子は、やすやすと戦時国家の空気に取り込まれ、軍国主義のスピーカーとなった。

 

歴史を知る「大人」は、彼ら子どもを教え導き、「軍国主義も、国家主義も、排外主義も、全体主義も、歴史上すでに否定されたものだ」と教えなければならなかった。しかし、劇中ではそれを伝え損なった結果、新しい世代の子どもたちは簡単に過去の過ちに回帰した。

 

その結果、過去の東京大空襲ばかりでなく、現代にも、核攻撃という形の「大空襲」を招いた。

 

この描写は、どの国が、どのような状況で東京を攻撃したのかなどの具体的情報は必要ない。ただ、東京が核攻撃を受けた。つまり、日本はふたたび戦時下に叩き落されたという描写だけで足りる。説明を排した、それでも雄弁な、至高のシーンだ。

 

だからこれは、「子ども向け」ではなく、「子どもを導く役割の大人向け」の映画だ

 

時代が進み、子ども世代とのコミュニケーションは難しくなるかもしれない。「訳知り顔で説教してくる大人」に、子どもは反発してくるかもしれない。しかしそれでも、絶対に伝えなければならないことがある。それは先人が、過去にいかなる過ちを犯し、それによっていかなる結果を招いたかだ。

 

「邪魔なんですよ、多様性とか」「くだらない理屈を言えば軟弱者」「戦争なんて勝ちゃいいんでしょ」


この若者たちからの問いに、大人は「たとえウザがられても、たとえ若い力で屈服させられそうになっても」教え諭し続けなければならない。

 

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まとめ

 

テレビを含むメディアは、かつて軍国主義の太鼓持ちをしたという過去を持つ。それは劇中にも新聞が示すように、「日本は勝っている」と報道を続けた。実は戦前も、「米国討つべし、恐れるに足らず」といった勇ましい論調で世論を煽った。

 

太平洋戦争開戦についても、軍人や政治家だけではなく、なにより国民たち自身が戦争に向かう世論を形成し、その世論形成にはメディアが一役買ったことは、「日本のいちばん長い日」の記事でも触れたところだ。

 

yamanekolynx-box.hatenablog.com

 

現代、メディアによって製作されたこの作品には、メディアとしての責任、そこに向き合う倫理観、そしてメディア自身の忸怩たる思いが込められている…ことを願う。

 

いまや誰もが、手元の小さな端末で情報を集めるばかりでなく、情報を発信することもできる。それは、見るに耐えない排外主義や差別的言動、自国礼賛や軍国主義への回帰といった内容を含む。

 

若者は過ちを犯すものだ。新也や信子も、大人びているがまだ10代だ。しかし、取り返しのつかない過ちもある。取り返しのつかない過ちの最たるものが戦争だ。その普遍的な結論を、大人ならば持っているはずだ。

 

…とはいえ、現代ではもはや壮年期にあたる人々までもが、声高に差別を煽り、排外を叫び、断交だ戦争だと勇ましい。「にわか烈士」たちがSNSで暴れまわっている。

 

この物語は太平洋戦争中を描いたものだが、実は国民が動員されるようになった日露戦争当時ごろから、市井の人間が「異敵討つべし」を声高に叫んでいた。

 

日本が過ちを犯し始めたのがいつかは、やまねこにはわからない。そして、最新の過ちがいつ更新されるのかもわからない。

 

しかし、そうならないよう抗うことが大人の役割だ。たとえ子がいなくとも、教職でなくとも、かつて過ちに陥った当事者であっても、社会に属しているすべての「大人」の、避けられない役割がソレなのだとやまねこは思っている。

 

信子の問いに答えた太一は言った。「”こんな戦争”なんだよ。」

 

そうだ。どんな正義を掲げようと、どれだけの崇高な理念があろうと、あらゆる戦争は「こんな戦争」だ。

 

それを伝え損ねたとき、この映画は現実になる。あるいは、映画よりも悲惨な形で。

 

★太平洋戦争をテーマにした日本側の視点や社会を描いた作品の記事はこちら

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